世界一周の定義

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世界一周とは

個人的な見解を述べる前にまずは、世界一周の定義が記載されていたいくつかの例を見てみたいと思います。

世界一周航空券のプロフェッショナル、世界一周堂さんの定義

"太平洋と大西洋を各々1回のみ渡って出発地に戻ること。"

wikipediaさんの述べている定義

"世界一周 (World circumnavigation) の基本定義は、ある地点と、その対蹠地(地球の反対側となる地点)の両方を通る、大きな円を描く経路だろう。
[1]実際には、手段に基づく制限などのため、前述の基本定義とはやや異なる定義が用いられる。
他にも「全ての子午線を横切って出発地に戻る」「五大陸全てを経由して出発地に戻る」など様々なものがある。
全ての子午線を横断すると言うことであれば、例えば北極点や南極点の廻りを一周するでも達成されるが、これは世界一周と呼ばれないことが多い。"

個人的な見解

個人的には「全ての子午線を横切って出発地に戻る」というwikipediaさんの定義が好みです。
このほかにも沢山この世界一周の定義について書かれたサイトは存在します。
言ってしまえば競技でもないし、ただの旅行ですから、統一されたものなどありません。

パリに住む友人に言われた言葉

以前、旅中にパリに住む高校時代の友人を訪ねて行った時に彼からこんな質問を受けました。

「全部の国へ行ってないのに世界一周っていうの?」

その時は明確な返答ができませんでしたが、私はそれからというもの暫く「世界一周とは何だ」いうものについて考えさせられるきっかけとなったのです。
ネットで調べれば、私と同じぐらいの費用や同じ一年という期間でもっと多くの国々へ行った者を沢山見つけることができます。
さらには旅をしている中で女性が一人で世界一周する姿もたくさん見てきました。
中には4年3ヶ月も一人で世界を廻っていた女性もいました。
まあそれは例外だとしても、3ヶ月~半年間で世界を十数カ国廻った人もいれば、2年でじっくり25カ国くらいの人もいて、人それぞれ期間も行く国もバラバラです。
それでも皆「世界一周した」と口を揃えて述べるでしょう。
上記一つ目の定義に照らしあわせるなら日本を出て、パリまで行って、ニューヨークを経由して日本に帰ってもそれは世界一周だということです。
そこにドラマがあるなら、そこに自分の情熱があるなら、それは世界一周といえるのではないでしょうか。

旅は競争ではない。旅は個性であり、人生そのもの

旅行に一つとして同じものはありません。
同じ国に毎年行ったからと言って同じ人に出会うわけでもありません。
国数を競うことが旅の目的ではないし、旅行の形は人それぞれです。
そう、旅は競争ではないのです。
そんなものなら行く価値はありません。
少なからず何年も海外を放浪しようと企んでいる者であれば、それは一種のレールから外れる事であり、自由であるはずです。
なのに世界一周の定義というルール(レール)の上に縛られながら束縛されて旅をする事に何の意味があるというのでしょうか。
少し長くなりましたが、結論として、自分が行きたいと思う国に行き、やりたいことをやるのが旅の本来の形であり、定義に従ってそれに縛られながら旅をするほど退屈な事はないし、世界一周したかどうかは、非常に個人的な主観が入ってくるところだという事だと思います
自分がしたと思えばしたのだろうし、していないと思いえばしていないという他ないでしょう。

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